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2010 年 07 月 17 日(土)

 例えば私と遊ぶようになって、後に学校を辞めてしまった人がいます。学校を辞めたのはその人の選択です。その後に収入に恵まれず、現在の人生が辛い状態だとしても私には責任のない事です。私は友好関係が薄れても連絡を取り続けるつもりも、ましてや金銭を恵んであげるような事はありません。例えば私と付き合って、後に別れた人がいます。私と付き合ったのはその人の選択です。その後に良い人が現れず、現在の人生が辛い状態だとしても私には責任のない事です。私は別れても良い人であるつもりも、ましてや感情が冷めても付き合い続けてあげるような事はありません。例えば私と面接し入社して、後に希望外の職場に回された人がいます。会社を選んだのはその人の選択です。その後に仕事が合わず、現在の人生が辛い状態だとしても私には責任のない事です。私はその人を気遣い続けるつもりも、ましてや仕事を紹介してあげるような事はありません。例えば・・・

 ある意味、私は確信犯です。その人の人生がその後そうなる可能性は考慮していたはずです。それに対して自分を責める気もなければ、反省するつもりもないです。そりゃ一応人間社会で生活している限りはこんな私にも良心的なものが微塵かもしれませんがどこかにあって、少しは心が痛みます。でも一度しかない自分の人生ですから、他人の幸せのために自己を犠牲にするつもりはないのです。何せ自分の事でいっぱいいっぱいですから。

 私が思うに、「思い出の中で、じっとしていてくれ」某映画のこの台詞が胸に響きます。


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