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2003 年 11 月 25 日(火)

 熱砂の中央に佇み、遥か遠域に微かな和らぎで魅せる蜃気楼のような過去。そこに思い出と呼ばれる刹那の感情を置いてきてしまったような気がします。深淵にいるのか天頂に足酌み伏すのか、自分でそれを判断するにはあまりにも自分の座標を指し示す導が少ない為、常に不安が背後に迫ります。

 あたかも履き潰してきた靴のような生活でも、それは五感の黙認なだけじゃないでしょうか。それらを大人という単語と今までの人生という無意味な経験がアスファルトに見え、また常識という単語と安定という無補償な眼鏡が信ずるべき自己をぬるま湯に溶解させる、アフェアを発生させない要素となります。見えている星の瞬きは既に終焉を遂げているかもしれないのに、機を悟る術を知らないままで感慨に耽るにはまだ若過ぎるのでしょうか。

 私が思うに、逸脱した終生をあえて得るのは私自身へのサスペクトです。


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